1. 先に結論
この記事は長いので、先に要点だけまとめます。
| 論点 | この記事で言えること |
|---|---|
| 歯を失う最大の原因 | 歯周病(37.1%)。むし歯(29.2%)より多い。しかも歯周病による抜歯は35歳以降で増えていく |
| 40〜50代の実態 | 45〜49歳の41.4%、55〜59歳の54.0%に4mm以上の歯周ポケット。一方で自覚症状を訴える人は1割前後 |
| 「8割が歯周病」 | 古い判定方式に由来する数字。厚労省自身が「大げさな捉え方」と書いている |
| 全身との関係 | 糖尿病との双方向の関係はエビデンスが強い。歯周治療でHbA1cが平均0.43%下がった(中程度の確実性)。他の病気との関連は報告があるが確実性はさまざま |
| フロス・電動歯ブラシ | 効果はある。ただしコクランの著者ら自身が「臨床的に重要でない可能性がある」「臨床的重要性は不明」と書いている |
| いちばん費用対効果が高いこと | 歯石を定期的に取ってもらうこと。歯石は自分では取れない。そして40歳・50歳は自治体の歯周疾患検診の対象(多くは無料または少額) |
歯の健康は、努力の量より「気づけたかどうか」で差がつきます。歯周病は痛くならないまま進むので、まじめに毎日みがいている人でも進行します。だからこそ、道具にお金をかける前に、「見てもらう予定を入れる」ほうが効きます。そして40歳・50歳の方には、そのための制度がすでに用意されています。知らないまま過ぎてしまうのが、いちばんもったいない。
2. 歯を失う原因の1位は、むし歯ではない
多くの方が「歯を失うのはむし歯のせい」と思っています。私も患者さんと話していて、そう言われることがよくあります。でも、データはそうなっていません。
抜歯の主原因、第1位は歯周病
公益財団法人8020推進財団が2018年に公表した「第2回 永久歯の抜歯原因調査」は、全国の歯科医師2,345人が7日間に行った抜歯を集計したものです。総抜歯数8,003本、患者6,541人分。抜歯を受けた患者の平均年齢は58.5歳でした。
報告書の本文には、こう書かれています。「歯周病と破折の割合は、35 歳以降で年齢とともに高くなり、60 歳以降ではほぼ一定であった」。逆に、う蝕(むし歯)による抜歯の割合は40歳以降で減っていきます。
つまり——子どもの頃はむし歯が敵ですが、40代からの敵は歯周病に入れ替わるということです。そして歯周病は、むし歯と決定的に違う性質を持っています。
痛くないまま、支えが減っていく
厚生労働省のe-ヘルスネットは、歯周病を次のように説明しています。歯と歯ぐきの隙間から入った細菌が歯肉に炎症を起こし(歯肉炎)、さらに歯を支える骨(歯槽骨)を溶かしていく(歯周炎)。この両方をまとめて歯周病と呼びます。
むし歯は「穴があく」ので、しみたり痛んだりします。ところが歯周病で減っていくのは歯そのものではなく、その土台です。土台が減っても、しばらくは何ともありません。ぐらついてきて初めて気づく頃には、かなり進んでいます。
令和6年歯科疾患実態調査の数字が、それを裏づけています。4mm以上の歯周ポケットがある人は45〜49歳で41.4%、55〜59歳で54.0%。ところが同じ調査で「歯をみがくと血が出る」と回答した人は、最も多い60〜64歳でも12.8%にすぎません。
さらに同じ調査では、「歯や口の状態で気になるところがある」と答えた人は50〜54歳が54.4%で最も多く、「ものがよく挟まる」は55〜59歳の29.3%、「口臭がある」は50〜54歳の9.5%が最多でした。40代後半から50代前半は、口の中の変化を最も強く感じ始める時期だといえます。
3. 「日本人の8割が歯周病」は、大げさです
ここで、よく見かける数字について、はっきり書いておきます。
「日本人の8割が歯周病」——歯磨き粉や洗口液の広告で、何度も目にしたことがあるはずです。この数字について、厚生労働省のe-ヘルスネットは次のように書いています。原文をそのまま引用します。
「なお『国民の8割が歯周病』といった謳(うた)い文句を耳にすることがありますが、これは以前の歯科疾患実態調査(2005・2011年)に用いられていたCPIの改定前の方式で何らかの所見が認められた人が約8割だったことに由来しています。ここで言う所見とは、歯肉出血・歯石・歯周ポケットのいずれかが認められた場合を指しますので、少しでも歯石がついている場合も『所見あり』と評価されます。したがって『8割が歯周病』というのは、ウソではないものの、大げさな捉え方といえます」
——厚生労働省 e-ヘルスネット「歯周疾患の有病状況」(執筆:国立保健医療科学院 安藤雄一氏)
国の情報サイトが、自国の統計の使われ方に対して「大げさ」と書いているのは、なかなかのことです。私はこの一文をとても信頼しています。不安を煽る数字を、当の発信元が自ら訂正している——こういう情報こそ、届いてほしいと思います。
とはいえ、では安心していいかというと、そうでもありません。現在の基準(4mm以上の歯周ポケット)で見ても総数47.8%、およそ2人に1人です。8割ではないけれど、半分。これは十分に多い数字です。
この調査自体の限界も、書いておきます
令和6年の調査報告書には、こんな注意書きがあります。
「なお、本調査では、今までの歯科疾患実態調査と同様、年次推移を示したが、前回(令和4)以前の調査では今回(令和6)のような重み付けた集計を行っておらず、集計方法が異なるため、注意を要する」
——厚生労働省「令和6年 歯科疾患実態調査結果の概要」P.2
つまり、「8020達成者が51.6%から61.5%に増えた」というニュースを見かけたら、その増加分のどこまでが本当の改善で、どこからが集計方法の変更によるものかは、この報告書だけでは切り分けられないということです。報告書自身がそう注意しています。
数字を紹介するときは、その数字が持つ弱点も一緒にお渡しするのが誠実だと考えています。健診結果の読み方でも同じことを書きました。
4. 【核心】口の中は、体の中とつながっている
ここからが、内科医としていちばんお伝えしたい部分です。
糖尿病と歯周病は、お互いを悪くする
e-ヘルスネットは、口腔疾患と全身疾患の関連について「なかでも歯周病と糖尿病との関連はエビデンスが高いものとして知られています」と書いています。関係は一方通行ではありません。
- 糖尿病 → 歯周病:高血糖によって免疫の働きが落ち、感染しやすい状態になるため、歯周組織の炎症が進む。歯周病は糖尿病の合併症のひとつとしても認識されています
- 歯周病 → 糖尿病:歯周治療を行うと、血糖コントロールの指標であるHbA1cが改善する
この2つ目について、どのくらいの効果なのか、原典を見てみます。
コクランレビュー「Treatment of periodontitis for glycaemic control in people with diabetes mellitus」(2022年)は、35件のランダム化比較試験・3,249人を統合しました。結果はこうです。
| 時点 | HbA1cの変化(歯周治療あり vs なし) |
|---|---|
| 治療から3〜4か月後(30試験・2,443人) | −0.43%(95%信頼区間 −0.59〜−0.28) |
| 治療から6か月後(12試験・1,457人) | −0.30%(95%信頼区間 −0.52〜−0.08) |
著者らの結論はこうです。「歯肉縁下の器具操作による歯周治療は、歯周炎と糖尿病の両方を持つ人において、無治療または通常ケアと比較して、臨床的に意味のある量だけ血糖コントロールを改善するという中程度の確実性のエビデンスが、いま得られている」。さらに「これ以上の試験を行っても、この結論が変わる可能性は低い」とまで書いています。
0.43%という数字は、糖尿病の治療薬を1剤追加したときの効果と比べても、決して小さくありません。HbA1cと糖化について書いた記事でも触れましたが、この数値がわずかに動くことの意味は大きいのです。
日本歯周病学会の「糖尿病患者に対する歯周治療ガイドライン 改訂第3版」(2023年)は歯周治療を強く推奨し、さらに治療後に安定しても、糖尿病でない人より短い間隔で定期管理を行うことを勧めています。日本糖尿病学会の「糖尿病診療ガイドライン2024」も、2型糖尿病の方への歯周治療を推奨しています。歯科と内科の両方のガイドラインが、同じ方向を向いている——これは珍しいことです。
他の病気については、正直に書きます
歯周病は、心疾患・慢性腎臓病・呼吸器疾患・骨粗鬆症・関節リウマチ・がん・早産や低体重児出産など、さまざまな全身疾患との関連が報告されています。ただし、e-ヘルスネットの記述はこうです。
「それらのなかにはエビデンスが十分ではないものもありますが、いずれにしても、歯周病を治療することにより口腔の健康を維持することは、全身の健康維持にとっても重要であるといえるでしょう」
——厚生労働省 e-ヘルスネット「口腔の健康状態と全身的な健康状態の関連」(執筆:愛知学院大学 嶋﨑義浩氏)
「歯周病を治すと心臓病が防げる」という表現をたまに見かけますが、糖尿病ほどの根拠はまだありません。糖尿病は別格、その他は「関連の報告がある」段階——この温度差を、知っておいていただきたいと思います。
そもそも、原因を共有している
もうひとつ、大切な考え方があります。コモンリスクファクター——口の病気と生活習慣病は、多くの危険因子を共有しているという考え方です。
喫煙がその代表です。e-ヘルスネットは「喫煙者は非喫煙者と比較し歯周病に3倍以上罹りやすい」と記しています。食生活の乱れも同じです。つまり、歯を守る行動は、そのまま体を守る行動でもある。逆に言えば、口の中は生活習慣が最初に現れる場所のひとつだということです。
5. フロスも電動歯ブラシも効果はある——ただし、思っているほどではない
ここは、期待していただいた方には申し訳ない章になるかもしれません。でも、このサイトは効かないものは効かないと書くと約束しています。
デンタルフロス・歯間ブラシ
コクランレビュー「Home use of interdental cleaning devices, in addition to toothbrushing」(2019年)は、35件のランダム化比較試験・成人3,929人を統合しました。結論は「歯みがきに加えてフロスや歯間ブラシを使うと、歯みがきだけの場合より歯肉炎やプラークが減るかもしれない」。歯間ブラシはフロスより有効である可能性も示されました。
ただし、著者らは同じ結論の段落で、こう続けています。
「アウトカムの多くは短期間で測定されたものであり、ほとんどの研究の参加者はベースラインの歯肉の炎症レベルが低かった。全体として、エビデンスの確実性は低〜非常に低く、観察された効果の大きさは臨床的に重要でない可能性がある」
——Worthington HV, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2019
さらに率直な指摘もあります。「歯間部のむし歯を評価した試験はひとつもなく、ほとんどの試験は歯周炎を評価していなかった」。つまり、フロスが本当に知りたいこと——歯を失わずに済むか——は、まだ測られていないのです。
電動歯ブラシ
コクランレビュー「Powered versus manual toothbrushing for oral health」(2014年)は51試験・4,624人を統合し、電動歯ブラシは手みがきよりプラークを短期で11%、長期で21%減らし、歯肉炎も減らすとしました(中程度の質のエビデンス)。効果自体は、はっきり出ています。
しかし著者らの結論の2文目は、こうです。「これらの所見の臨床的な重要性は、依然として不明である」。
また、e-ヘルスネットは電動歯ブラシについて実務的な注意を書いています。「歯間部や隣接面の清掃効果は低いので、プラークコントロールを高めるには、歯間ブラシやデンタルフロスの併用が必要になります」。加えて、歯面や歯肉を傷つけないよう使用は3分以内にとどめることが推奨されています。
洗口液・歯磨き粉の位置づけ
洗口液(マウスウォッシュ)は、うがいによって口臭予防や歯質強化、口の乾きの症状緩和、細菌の付着抑制などが期待できるものとされています。ただし歯みがきの代わりにはなりません。歯磨剤についても、e-ヘルスネットは「歯磨剤は歯みがきを助け、効果を高めるものなので、薬用成分に頼りすぎないように気をつけなくてはいけません」と釘を刺しています。
ここまでをまとめると、こうなります。高い電動歯ブラシや高機能な歯磨き粉に数千円〜数万円をかけるより、その予算を歯科の定期受診(歯石除去)に回すほうが、確実性の高いエビデンスに支えられています。道具は「使い続けられるもの」で十分です。使うのがおっくうになる道具は、性能が高くても意味がありません。サプリの選び方でも書いた「同じお金で、もっと確かなものが買えないか」という比較軸は、ここでも有効です。
6. 歯みがきでは、どうしても取れないものがある
では、何にお金と時間を使うべきか。答えははっきりしています。
歯石は、自分では取れません
プラーク(歯垢)は1mgあたり1億個以上の細菌を含む、細菌のかたまりです。これが唾液中のカルシウムやリン酸と結びつくと、歯石という硬い物質になって歯面に付着します。
e-ヘルスネットの記述は明快です。「歯石は自分で取ることができないので定期的に歯科医院を受診して歯石を取ってもらうことが必要です」。歯石はざらざらして内部に隙間があるため、その上にさらに細菌の膜(バイオフィルム)ができやすくなります。細菌はこの歯石を足がかりに、ポケットの奥へ進んでいきます。
そしてバイオフィルムは薬品が効きにくい——だから洗口液でうがいをしても、根本的な解決にはならないのです。物理的に壊すしかありません。
「毎日ちゃんとみがいている」人ほど、盲点になる
令和6年の調査では、毎日2回以上歯をみがく人が82.0%に達しています。歯間清掃用具を使っている人も63.4%(デンタルフロスや歯間ブラシに限ると54.2%)。日本人のセルフケアは、決して低い水準ではありません。
それでも45歳以上の過半数に歯周ポケットがあるのです。これは努力不足ではなく、セルフケアの構造的な限界です。歯ぐきの中に入り込んだ歯石には、歯ブラシもフロスも届きません。
なお、女性のほうがセルフケアは丁寧です。歯間清掃用具の使用率は男性44.5%に対し女性62.4%、歯科検診の受診率も男性60.6%に対し女性66.5%でした。それでも歯周ポケットの保有率に大きな男女差がないのは、覚えておいていい事実だと思います。
7. 40歳・50歳には、無料の歯科検診があります
この章が、この記事でいちばん実用的な部分かもしれません。
健康増進法にもとづく「歯周疾患検診」
厚生労働省の「歯周病検診マニュアル2015」には、こう明記されています。
「1 対象者 ○40 歳、50 歳、60 歳および70 歳の男女」
「平成7年度より、歯周疾患検診は老人保健事業の総合健康診査の一環として導入され、平成12 年度からは、老人保健法に基づく老人保健事業として、平成20 年度からは健康増進法に基づく健康増進事業の一環として実施されている」
——厚生労働省「歯周病検診マニュアル2015」P.5
つまり市区町村が実施する公的な検診です。自治体によっては20歳・30歳・45歳・55歳・65歳などを追加していますし、費用も無料のところと数百円のところがあります。お住まいの自治体名と「歯周疾患検診」で検索すれば、実施状況が確認できます。
この検診では、問診・現在歯の状況・歯周組織の検査(歯周ポケットの深さと出血)・口腔清掃状態などを診て、「異常なし/要指導/要精密検査」に判定します。自覚症状のない段階で歯周ポケットを見つけるための仕組みです。
受けている人は、意外と少ない
令和6年調査では「この1年間に歯科検診を受けた」人は63.8%でした。過去最高水準ではありますが、逆に言えば3人に1人以上は1年以上受けていないということです。とくに男性は40〜64歳で51〜53%程度と低く、20〜24歳男性は36.4%が最低でした。
ご家族に、しばらく歯医者に行っていない方はいませんか。この記事をきっかけに声をかけていただけたら、それがいちばんうれしい成果です。
8. 女性と口——更年期と、骨粗鬆症の薬
40〜50代の女性には、もう少し具体的にお伝えしたいことがあります。
口の乾きは、見過ごされやすい
e-ヘルスネットは、歯周病になりやすくなる因子のひとつとして口腔乾燥を挙げ、「殺菌効果のある唾液が減少してしまうため、歯周病の危険が高まります」としています。
唾液は、口の中を洗い流し、細菌の増殖を抑える働きを持っています。それが減れば、同じようにみがいていても条件は不利になります。口が乾く原因はさまざまで、加齢、脱水、口呼吸、そして薬の副作用(抗ヒスタミン薬、一部の降圧薬、抗うつ薬、頻尿の薬など、意外に多くの薬に口渇の副作用があります)が関わります。更年期の時期に不調が重なると、口の乾きは後回しにされがちです。
口が乾くようになったら、まず「飲んでいる薬」を疑ってみてください。市販薬やサプリを含めてお薬手帳を歯科と内科の両方に見せると、原因が見つかることがあります。ちなみに、口の乾きを起こす薬の多くは便秘も起こします——同じ抗コリン作用によるものです。更年期の治療を検討している方は、そのときに口の症状もあわせて相談されるとよいと思います。
骨粗鬆症の薬を飲んでいる方へ——ここは重要です
骨密度の記事で書いたビスホスホネートやデノスマブなどの骨吸収抑制薬には、まれな副作用として顎骨壊死(あごの骨の壊死)が知られています。「歯を抜くと顎の骨が腐る」と聞いて、薬を怖がる方や、自己判断でやめてしまう方がいます。
2023年に改訂された薬剤関連顎骨壊死ポジションペーパーの解説(日本口腔外科学会雑誌 70巻7号、2024年)は、改訂の要点を7つ挙げています。そのうち、患者さんに直接関わるのは次の点です。
| 改訂のポイント | 内容 |
|---|---|
| リスクの主役が変わった | 抜歯という処置そのものより、抜歯が必要になるほどの歯の感染(歯周病や根尖病変)がリスクだと強調された |
| 休薬について | 骨吸収抑制薬の休薬が顎骨壊死の予防に有用だというエビデンスはなく、原則として抜歯前に休薬しないことが提案された |
| 日本の発生頻度 | 低用量での発生頻度は、日本では欧米より高い可能性があると指摘された |
| 連携 | 医科・歯科・薬剤師の連携の重要性が強調された |
ここから導かれる実践は、シンプルです。
- 薬は自己判断で止めない。止めても顎骨壊死は減らず、その間に骨折のリスクが上がります
- 薬を始める前に、歯科で口の中を整えておく。抜くべき歯があるなら先に処置しておくのが理想です
- 歯科では「骨粗鬆症の薬を飲んでいる」と必ず伝える。逆に内科・整形外科でも「歯科で治療中」と伝える
- お薬手帳を、歯科にも持っていく。これがいちばん確実です
怖がって薬をやめることでも、リスクを無視することでもなく、「先に口を整えて、両方の医師に情報を渡す」——それが現在の考え方です。
9. 噛めなくなると、何が起きるか
最後に、少し先の話をします。今40代・50代の方にとって、これは20年後の自分の話です。
オーラルフレイル——5つの質問で分かる
2024年4月、日本老年医学会・日本老年歯科医学会・日本サルコペニア・フレイル学会の3学会が、オーラルフレイルに関する合同ステートメントを公表しました(Geriatr Gerontol Int. 2024;24:1111-1119)。
オーラルフレイルとは、口の機能が健常な状態と、機能が低下した状態との「あいだ」を指します。重要なのは、ステートメントが「適切な介入と治療によって元に戻しうる(can be reversed)」と明記していることです。放置すれば進むけれど、気づけば戻せる段階だということです。
判定には、歯科の専門家がいなくても使えるOF-5という5項目のチェックが用意されています。
ステートメントによれば、地域で暮らす高齢者の約40%がオーラルフレイルに該当します。そして、食事の多様性の低下、社会的孤立、身体的フレイル、要介護状態、死亡と関連することが示されています。e-ヘルスネットは、日本の大規模コホート研究でこれらのリスクが2倍以上高いと報告されていることを紹介しています。
噛めることは、食べられるものの幅を決める
腸内細菌の記事で、私は「噛めることが食事の多様性を守る」と書きました。ここでその続きを書きます。
歯を失ったり噛む力が落ちたりすると、人は自然と柔らかいものを選ぶようになります。肉、魚、野菜、果物が減り、炭水化物や塩分の多い食事に偏る。その結果、たんぱく質・ビタミン・ミネラル・食物繊維が不足していきます。
これは意志の弱さではありません。噛めないものは、食べられないのです。そして食事の内容が変われば、腸内細菌の構成も、筋肉量も、免疫の状態も変わっていきます。口は、栄養の入口である以上に、「何を食べられるか」を決める門なのです。
認知機能との関連
2024年に発表されたメタ解析(J Prev Alzheimers Dis)は、22件の研究・のべ約425万人を統合し、交絡因子を調整したうえで、認知機能障害のリスクを次のように報告しました。
| 口の状態 | 認知機能障害のオッズ比(95%信頼区間) |
|---|---|
| 歯周炎がある | 1.45(1.20〜1.76) |
| 歯を失っている | 1.80(1.50〜2.15) |
| 噛み合わせの支えが不十分 | 1.87(1.29〜2.70) |
| 咀嚼能力が低下している | 1.39(1.11〜1.75) |
ただし——ここは慎重に読んでください。これらは観察研究の統合であり、因果関係を証明したものではありません。認知機能が落ちたから歯みがきができなくなった、という逆向きの説明も成り立ちます。「歯を守れば認知症を防げる」とまでは、このデータからは言えません。
口を清潔に保つと、肺炎が減った
因果関係に近づいた研究もあります。日本の11施設・417人を対象に行われた研究(J Am Geriatr Soc. 2002)は、入所者を口腔ケア群と非口腔ケア群に無作為に割り付けました。介護者が毎食後に歯ブラシで清掃し、歯科医師または歯科衛生士が週1回専門的なケアを行う——それだけです。
結果、口腔ケア群では肺炎の発症、発熱した日数、肺炎による死亡が有意に減少しました。しかも、歯がある人でも、総入れ歯の人でも同様に有益でした。歯がないから口腔ケアは要らない、ということはないのです。
この研究は20年以上前のものですが、いまも日本の口腔ケアの根拠として引用され続けています。口の中の細菌が唾液とともに気道に入ることが、誤嚥性肺炎の一因になる——その考え方を広めた研究です。
10. 🚨 この症状は、早めに歯科へ
e-ヘルスネットが示す歯周病のセルフチェックリストに沿って挙げます。
- 朝起きたときに、口の中がネバネバする
- 歯みがきのときに出血する——「みがきすぎ」ではなく炎症のサインのことがあります
- 硬いものが噛みにくい
- 口臭が気になる
- 歯ぐきがときどき腫れる
- 歯ぐきが下がって、歯と歯の間にすきまができてきた
- 歯がグラグラする——ここまで来ていたら、できるだけ早く
加えて、顔や顎の腫れ、強い痛み、発熱をともなう場合は感染が広がっている可能性があり、早急な受診が必要です。また、骨粗鬆症の薬を使っている方であごの痛み・腫れ・骨が露出しているような感じがあれば、必ず歯科と処方元の両方に伝えてください。
症状がなくても、予定を入れておく
ここまで書いてきたとおり、歯周病の本質は「痛くならないまま進む」ことです。だから「痛くなったら行く」という運用では、間に合いません。
e-ヘルスネットは、歯周治療が終わったあとについて「歯周病は容易に再発する病気なので定期的な管理が重要です」と書いています。治療して終わりではなく、そこからが管理の始まりだということです。
具体的にできることを、優先順位の高い順に並べます。
- 次の歯科受診の予定を、いま決める。40歳・50歳の方は、自治体の歯周疾患検診を確認してください
- 歯間の清掃を1日1回加える。フロスでも歯間ブラシでも構いません。歯間ブラシは、隙間より少し小さいサイズを選びます(歯や歯ぐきを傷めないため)
- 喫煙している方は、そこがいちばん大きい。3倍以上のリスク差は、他のどの対策より大きな数字です
- お薬手帳を歯科にも持っていく。口の乾き、骨粗鬆症の薬、糖尿病——すべて関係します
- 糖尿病がある方は、歯科に必ず伝える。管理の間隔が変わります
11. よくある質問
8020推進財団の第2回永久歯の抜歯原因調査(2018年)では、抜歯の主原因の第1位は歯周病で37.1%、第2位がう蝕(むし歯)で29.2%、第3位が歯の破折で17.8%でした。総抜歯数8,003本、患者6,541人分の集計です。さらにこの報告書は、歯周病と破折の割合は35歳以降で年齢とともに高くなると述べています。つまり、40代以降に歯を失う理由としては歯周病のほうが大きいということになります。
厚生労働省のe-ヘルスネットは、この表現について「ウソではないものの、大げさな捉え方といえます」と書いています。この8割という数字は、以前の歯科疾患実態調査で使われていた古い判定方式で、歯肉出血・歯石・歯周ポケットのいずれかが認められた人が約8割だったことに由来します。少しでも歯石がついていれば「所見あり」に数えられます。現在の基準である4mm以上の歯周ポケットを持つ人の割合は、令和6年調査で総数47.8%です。8割ではありませんが、それでも2人に1人弱にあたります。
歯周病と糖尿病は双方向の関係にあることが知られています。コクランレビュー(2022年)は35件の研究・3,249人を統合し、歯周治療によってHbA1cが3〜4か月後に0.43%(95%信頼区間 0.59〜0.28%)低下したと報告しました。著者らはこれを中程度の確実性のエビデンスとし、臨床的に意味のある量の改善だと結論づけています。日本糖尿病学会の糖尿病診療ガイドライン2024も、2型糖尿病の方への歯周治療を推奨しています。ただしこれは歯周病がある方の話であり、歯周病のない人が受けても同じ結果になるわけではありません。
意味はありますが、宣伝されているほど劇的ではない、というのが正直なところです。コクランレビュー(2019年)は、フロスや歯間ブラシを歯みがきに加えると歯肉炎やプラークが減る可能性があるとしつつ、著者ら自身が「全体としてエビデンスの確実性は低〜非常に低く、観察された効果の大きさは臨床的に重要でない可能性がある」と述べています。電動歯ブラシについても、コクランレビュー(2014年)はプラーク減少などの利益を認めた上で「これらの所見の臨床的な重要性は依然として不明である」と結論しています。道具を変えることより、届いていない場所に毎日届かせることのほうが本質です。
自己判断で止めないでください。日本口腔外科学会雑誌に掲載された薬剤関連顎骨壊死ポジションペーパー2023の解説によれば、骨吸収抑制薬の休薬が顎骨壊死の予防に有用だというエビデンスはなく、原則として抜歯前の休薬は行わないことが提案されています。また、抜歯そのものよりも、抜歯を必要とするような歯周病や根尖病変といった歯の感染がリスクだという考え方に変わってきました。つまり、口の中を先に整えておくことのほうが重要です。薬を始める前や始めた後は、歯科と内科・整形外科の両方に、お互いの治療内容を必ず伝えてください。
この記事のまとめ。日本人が歯を失う原因の第1位は歯周病(37.1%)で、むし歯(29.2%)より多く、しかも35歳以降で増えていきます。45〜49歳の41.4%、55〜59歳の54.0%に4mm以上の歯周ポケットがある一方、自覚症状を訴える人は1割前後。痛くならないまま進むのがこの病気の本質です。
「8割が歯周病」という宣伝文句については、厚労省自身が「大げさな捉え方」と書いています。数字は正しく怖がりましょう。
全身との関係では、糖尿病との双方向の関係が別格です。歯周治療でHbA1cが平均0.43%下がったという中程度の確実性のエビデンスがあり、歯科と内科の両方のガイドラインが歯周治療を推奨しています。他の疾患との関連は「報告がある」段階です。
セルフケアの道具については、コクランの著者ら自身が「臨床的に重要でない可能性がある」「臨床的重要性は不明」と書いています。歯石は自分では取れません。道具にお金をかけるより、取ってもらう予定を入れるほうが確実です。40歳・50歳は自治体の歯周疾患検診の対象——これを知らないまま過ぎるのが、いちばんもったいない。
そして20年後の話。噛めなくなると、食べられるものが減ります。それは栄養、筋肉、腸内細菌、そして社会とのつながりにまで及びます。オーラルフレイルは気づけば戻せる段階だと、3学会のステートメントは明記しています。
口は、いちばん後回しにされる場所です。でも、いちばん長く使う場所でもあります。
参考にした主な資料
- 厚生労働省「令和6年 歯科疾患実態調査結果の概要」(PDF)——歯周ポケット・歯肉出血の年齢階級別割合、8020達成者61.5%、歯科検診受診63.8%、歯間清掃用具63.4%、集計方法変更に関する注記
- 8020推進財団「第2回 永久歯の抜歯原因調査報告書」(2018年11月・PDF)——抜歯の主原因の内訳、年齢階級別の推移
- 厚生労働省 e-ヘルスネット「歯周疾患の有病状況」——「8割が歯周病」の由来と、その評価
- 同「口腔の健康状態と全身的な健康状態の関連」/「歯周病とは」/「歯周疾患の自覚症状とセルフチェック」/「歯周病の予防と治療」/「歯みがきを助けるもの」/「口腔機能の健康への影響」
- 厚生労働省「歯周病検診マニュアル2015」(PDF)——歯周疾患検診の対象年齢(40・50・60・70歳)と法的位置づけ
- Simpson TC, et al. Treatment of periodontitis for glycaemic control in people with diabetes mellitus. Cochrane Database Syst Rev. 2022——歯周治療によるHbA1cの変化
- Worthington HV, et al. Home use of interdental cleaning devices, in addition to toothbrushing. Cochrane Database Syst Rev. 2019——フロス・歯間ブラシの効果と、著者らによる限界の記述
- Yaacob M, et al. Powered versus manual toothbrushing for oral health. Cochrane Database Syst Rev. 2014——電動歯ブラシの効果と臨床的重要性についての結論
- Tanaka T, et al. Consensus statement on "Oral frailty". Geriatr Gerontol Int. 2024;24:1111-1119——3学会合同ステートメント、OF-5の5項目と判定基準
- Meta Analysis of the Correlation between Periodontal Health and Cognitive Impairment in the Older Population. J Prev Alzheimers Dis. 2024——22研究のメタ解析、オッズ比
- Yoneyama T, et al. Oral care reduces pneumonia in older patients in nursing homes. J Am Geriatr Soc. 2002——日本の11施設417人を対象とした無作為割り付け研究
- 岸本裕充・森寺邦康「薬剤関連顎骨壊死 ポジションペーパー2023 ~改訂のポイント~」日本口腔外科学会雑誌 70(7):278-283, 2024——休薬の考え方、歯性感染症の位置づけ、日本での発生頻度